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安藝ノ海に敗れた横綱の双葉山

1939年の1月場所で、第35代横綱の双葉山(1912~1968年)が前頭4枚目の安藝ノ海に敗れ、連勝記録が69でストップしました。

そのとき、師と仰ぐ安岡正篤(やすおかまさひろ)さんに対して電報を送ります。

ヨーロッパへ移動中だった安岡正篤さんにその電報を届けたのはボーイさんだったのですが、ボーイさんにはその電文の意味が分かりません。
問い合わせてみようかとしていたのですが、安岡さんには双葉山が負けたということが分かったそうです。

電報には何と書いてあったのでしょうか。
また、安岡正篤さんにはなぜその電報の意味が分かったのでしょうか。

まるで木彫の鶏のよう

以前、安岡さんは、双葉山に木鶏の話をしたことがあったのです。

紀悄子という鶏を育てる名人が、闘鶏好きの王のために軍鶏(しゃも)の調教訓練していました。

10日ほど経った頃、王から鶏の仕上がり具合を問われた紀悄子は
「いや、まだいけません、空威張りして”俺が”というところがあります」
と答えました。

更に10日が経ちましたが
「まだだめです。相手の姿を見たり声を聞いたりすると昂奮するところがあります」

更に10日が経ち、
「未だいけません。相手を見ると睨みつけて、圧倒しようとするところがあります」

さらに10日が経って、ようやく
「もうよろしいでしょう。他の鶏の声がしても少しも平生と変わるところがありません。その姿はまるで木彫の鶏のようです。全く徳が充実しました。もうどんな鶏を連れてきても、これに応戦するものがなく、姿をみただけで逃げてしまうでしょう」
と言いました。

未だ木鶏に及ばず

双葉山はこの話に感じ入り、安岡さんに書いてもらった「木鶏」の額を部屋に掛けて「木鶏の修行」をしたそうです。
その後69連勝まで勝ち続けるのですが、70連勝を目前にして安藝ノ海に敗れて安岡さんに電報を打ったということです。

その電報に書かれていたのは

「イマダモクケイニオヨバズ」(未だ木鶏に及ばず)

木鶏の話を知らないボーイさんには意味の分からない電文が安岡さんには理解できたということですね。

心身統一合氣道の「氣の不動法」

心身統一合氣道には「氣の不動法」というものがあります。
心も身体もちょっとやそっとのことでは動揺しない「不動心」「不動体」を学ぶものです。

また「争わざるの理」というものもあります。
戦わないということです。これは相手を目の前にして逃げるということではなく、戦う状況を作らないということです。
紀悄子が育てた鶏のように他の鶏が鳴いても全く相手にせず、まるで木鶏のように泰然自若としている様に対して、他の鶏は戦いを挑む氣すら失せてしまいます。

まさに「不動心」「不動体」であり「争わざるの理」ですね。

この心境に一歩でも近づけるよう、私も精進していきたいと思います。